月あかり(1)

ススキの穂が、夕空におじぎをしている。
 ふさふさした銀の穂波は、わたしのシッポにすこしにている。
「今夜のお月見にかざるから」
 そうシノブくんにたのまれて、わたしは、「シノブの宮」のうらての草むらまで、おいしげるススキの穂をとりにきた。
 カミソリのようなススキの葉は、魔をはらう力をもつという。
 するどい葉で指を傷つけぬよう気をつけながら、はらりと手におちかかる穂を、いく本かかりとって、たばねた。
 赤トンボがついついと目の前をよこぎり、すきとおった風が、手にしたススキの穂をゆらしていく。
「十五夜お月さん……まんまるの月」
 夕やけ雲にすいこまれていく、赤トンボ。
 うたいながら、トンボのゆくえを目でおいかけた。
 今夜、山のお客さんがあつまって作るのは、どんなごちそうだろう。
 うきたつ気持ちで、ふと足もとを見ると、ちいさなムカデがはいだしてきた。
 黒光りする体のふちで赤い数えきれない足が、すべるように波うつ。
「あっ」
 とびのきながら、手にしたススキの束で足もとをはらうと、ちいさなムカデは糸でひかれるように身をくねらせ、草むらに消えていった。

 シノブくんのお宮にもどると、井戸水をみたした大きな陶のつぼに、ススキの束をいけた。
 ススキの銀の穂といっしょに、先日ユズメさんから頂いたばかりの、まだ青い実をつけたユズの枝もかざった。
 ススキと青ユズをいけた器を、戸をあけはなした涼しい板の間に置いて、わたしはホッとひといきついた。
 今夜、山のお客さんたちは、「シノブの宮」境内の広場で火をたき、大きな鍋のごちそうをかこんで、宴をもよおすのだという。
 十五夜の、月の宴……
 たのまれた用事をおえて、「くりや」にようすを見にいくと、シノブくんが、奥の戸棚から、大きな鍋をひっぱりだしているところだった。
「おかえり、イスルギさん」
 シノブくんが両手でかかえているのは、洗濯ダライほどもある鉄の深鍋で、長年つかいこんだ風格なのか、まっ黒くすすけていた。
「この鍋、重いよ……」
 シノブくんがそういって笑い、わたしも笑いかえそうとしたとき。

 ゴォッ、と体の芯にひびく地鳴りがおしよせ、グラリ、とつきあげるように足もとがゆらいだ。
「地震だ、イスルギさん」
 くりやの床が大波のようにゆれ、二本足のバランスをとるのがむずかしい。
 わたしは、一瞬で白い子ギツネの姿に変じた。
 四つ足をふみしめ、なんとか転がらないよう床に立った。が、よろよろする。
 はげしいゆれは、おさまりそうもない。
「イスルギさん、ぼくの肩にきて」
 指示されるままその肩にとびのると、シノブくんは大きな鉄鍋を両手でささえ、すっぽりと頭にかぶって、うずくまった。
 くりやの戸棚からすべりおちた皿や茶わんが、ガンガンと鉄鍋に当たっては、床にこぼれて割れ、白いかけらがあたりに飛び散った。
「大きいな、この地震」
 身をかがめ、しっかりと深鍋をささえながら、シノブくんがつぶやいた。
 シノブくんの肩の上、わたしはぶ厚い鉄の鍋にまもられていた。
 落ちてきた物がぶつかるたび鍋がガツンガツンとふるえるので、わたしはせめても衝撃がやわらぐようにと、シノブくんの頭に自分のシッポをかぶせた。
「ありがとう、イスルギさん」
 くらい大鍋の中で、シノブくんがにっこりするのがわかった。

ブログ「こちら、ドワーフ・プラネット」( 2015/7/5 )より

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