彼は、シリウスを踏みこえ、夜明けの太陽を迎えにいく。
彼の通過で、新しいサイクルが始まる。
乾きと熱砂の国には恵みの雨が、寒さと薄明の国には金の陽光が。
芽吹きと潤いの季節が到来する。
彼に会うために古い儀式や神官の助けは要らない。
何故なら彼が訪れれば人々は気づく。
新しい夜明け・季節が来た、と笑顔で祝祭を催す。
彼の名は、星の名。
荒れ地を沃野に変え、病を癒し、彼を求める誰かを救う腕を持つ……
(2014年 2月11日 facebook より)
彼は、シリウスを踏みこえ、夜明けの太陽を迎えにいく。
彼の通過で、新しいサイクルが始まる。
乾きと熱砂の国には恵みの雨が、寒さと薄明の国には金の陽光が。
芽吹きと潤いの季節が到来する。
彼に会うために古い儀式や神官の助けは要らない。
何故なら彼が訪れれば人々は気づく。
新しい夜明け・季節が来た、と笑顔で祝祭を催す。
彼の名は、星の名。
荒れ地を沃野に変え、病を癒し、彼を求める誰かを救う腕を持つ……
(2014年 2月11日 facebook より)
見知らぬ森、続く空 晴れぬ雲の壁、白紙のページに閉じ込められ 私は、たくさんの忘れ物を 指のすきまからこぼしてきた 前のページに戻ってさがすのは、やめておく 風にさらわれたページが、次から次へと羽ばたく お終いまでめくり終え 風は、ほころびた本を旅立った すべてを知っているだろうに なんの重荷も持たず 風は旅する 昨日の私は、今日の私ではない 明日の私は、今日の私ではない 子ども達は、まっさらなページを 始めから旅する さぁまだ見ぬ物語を、さがしに出かけよう エメラルドの波のゆりかご、 化石の竪琴が 閉じ込めた歌をさがしに ( ポール・ヴァレリー「海辺の墓地」の残響 ) (2013/12/25) ブログ「こちら、ドワーフ・プラネット」より |
ようやくゆれがおさまり、シノブくんは、かぶっていた鍋を頭からおろした。
戸棚の位置が大きくずれて、床いちめんにこわれた食器が散らばる「くりや」から、わたし達はいそいで外へ出た。
時々ゆらゆらと地面が波打つように動くが、オモカゲ山の深緑の木々は、いつもとかわらぬ姿でそこにあった。
「よかった……やしろも鳥居もこわれずにいてくれた」
シノブくんがあたりを見回して、ホッとため息をもらした。
「シノブの宮」のあけ放った引き戸の向こう、さっき板の間にかざったばかりの、陶の器がひっくり返って割れていた。水がこぼれて木の床をぬらし、ススキと青ユズの枝が無残に乱れ、たおれている。
思わずそちらに足を向けると、シノブくんが首を横にふった。
「まだ建て物には入らないほうがいい、また大きなゆれがくるかもしれないから」
やしろ手前のちいさな広場から、シノブくんとわたしは、ふもとのオモカゲ街が夕やみにつつまれ始めるのを、たたずんで見おろした。
「街にあかりが灯らないな」
シノブくんが、まゆをひそめた。
「さっきの地震で、停電がおきたのかもしれない」
いつもなら、ここオモカゲ山の西の峰にある「シノブの宮」からながめると、夕ぐれのオモカゲ街にぽつぽつと、灯が浮かびはじめる頃なのだった。やがて宵闇の底、クモの巣にやどるしずくのように、無数の金色の光がやさしい渦をえがくはずなのに……
ひたひたと、まっくらな夕やみがせまってくる。
「オモカゲ山ばかりでなく、オモカゲ街もゆれたんだな……ひさしぶりにアイツがあばれたのだろうか」
シノブくんが、つぶやいた。
アイツ……
ふと、さっき草むらに消えていった、あのちいさなムカデの、黒光りする胴体と数えきれない赤い足とを思い出した。いつか黒沼のほとりで追われた、あの大ムカデの姿がまぶたに浮かび、わたしは身をふるわせた。
アイツ……?
ガサリ、と足もとの草が鳴った。
「きゃっ」
悲鳴をあげ飛びすさると、両腕でかかえられるほどの影が、すいと飛び出してきた。
「シノブさん、たすけてください」
「え?」
わたしは身をこわばらせたまま、足もとに目をこらした。
夕やみに、きらりとまたたく緑の瞳……
「びっくりさせてごめんなさい」
やわらかな声色で申し訳なさそうにあやまったのは、ふわふわしたシッポのネコだった。
「なんだ、タマじゃないか」
シノブくんが、声をかけた。
「どうしたの、そんなにあわてて」
「シノブさん。サヨさんが……ケガを」
ネコは、金色の毛並みをふるわせ、緑の瞳をみひらいた。
「なんだって。さっきの地震で?」
「はい。タンスに足をはさまれて……動けなくて」
ミャウ、ミャウ、ミャウ。
うったえるようなタマの声に、シノブくんが、さっと身をひるがえした。
「わかった、すぐ行く。懐中電灯、それに薬と包帯をとってくるよ」
やしろから戻ってきたシノブくんは、小さな包みをわたしにあずけた。
「これを持ってついて来てくれるかな、イスルギさん」
もちろん……わたしは大きくうなずいた。
あわい金茶の影が、案内するように先にたち、しなやかに石段をおりていく。
「はやく、はやく。シノブさん」
シノブくんとわたしが後について、オモカゲ山の夜道をくだる。
「たしか山すその、井戸のある古い家だったかな」
シノブくんが、首をひねる。
「そうですよ……古い井戸がありますよ」
タマがふりかえって、こちらを見上げ、待っている。
「はやく、はやく。シノブさん」
「わかった、わかった、タマ……ほんとに今夜は暗いなあ」
シノブくんが、オモカゲ街を見おろしてつぶやく。
「こんなに暗い。電気が止まって、街の人たちは大丈夫かな?電気だけでなく、水道も止まってないだろうか」
シノブくんの、心配そうな横顔。
わたしは目を移して、夜空を見上げた。
街のあかりが消えた分、今夜の月は、とてもきれいだ。
十五夜お月さん、まんまるの月……
山の鳥やケモノ達は、どうしているだろう?やっぱり地震におどろき、まだおびえているのか。それとも、もう巣穴やこずえで、身を休ませているだろうか。
ブログ「こちら、ドワーフ・プラネット」( 2015/6/2 )より
ススキの穂が、夕空におじぎをしている。
ふさふさした銀の穂波は、わたしのシッポにすこしにている。
「今夜のお月見にかざるから」
そうシノブくんにたのまれて、わたしは、「シノブの宮」のうらての草むらまで、おいしげるススキの穂をとりにきた。
カミソリのようなススキの葉は、魔をはらう力をもつという。
するどい葉で指を傷つけぬよう気をつけながら、はらりと手におちかかる穂を、いく本かかりとって、たばねた。
赤トンボがついついと目の前をよこぎり、すきとおった風が、手にしたススキの穂をゆらしていく。
「十五夜お月さん……まんまるの月」
夕やけ雲にすいこまれていく、赤トンボ。
うたいながら、トンボのゆくえを目でおいかけた。
今夜、山のお客さんがあつまって作るのは、どんなごちそうだろう。
うきたつ気持ちで、ふと足もとを見ると、ちいさなムカデがはいだしてきた。
黒光りする体のふちで赤い数えきれない足が、すべるように波うつ。
「あっ」
とびのきながら、手にしたススキの束で足もとをはらうと、ちいさなムカデは糸でひかれるように身をくねらせ、草むらに消えていった。
シノブくんのお宮にもどると、井戸水をみたした大きな陶のつぼに、ススキの束をいけた。
ススキの銀の穂といっしょに、先日ユズメさんから頂いたばかりの、まだ青い実をつけたユズの枝もかざった。
ススキと青ユズをいけた器を、戸をあけはなした涼しい板の間に置いて、わたしはホッとひといきついた。
今夜、山のお客さんたちは、「シノブの宮」境内の広場で火をたき、大きな鍋のごちそうをかこんで、宴をもよおすのだという。
十五夜の、月の宴……
たのまれた用事をおえて、「くりや」にようすを見にいくと、シノブくんが、奥の戸棚から、大きな鍋をひっぱりだしているところだった。
「おかえり、イスルギさん」
シノブくんが両手でかかえているのは、洗濯ダライほどもある鉄の深鍋で、長年つかいこんだ風格なのか、まっ黒くすすけていた。
「この鍋、重いよ……」
シノブくんがそういって笑い、わたしも笑いかえそうとしたとき。
ゴォッ、と体の芯にひびく地鳴りがおしよせ、グラリ、とつきあげるように足もとがゆらいだ。
「地震だ、イスルギさん」
くりやの床が大波のようにゆれ、二本足のバランスをとるのがむずかしい。
わたしは、一瞬で白い子ギツネの姿に変じた。
四つ足をふみしめ、なんとか転がらないよう床に立った。が、よろよろする。
はげしいゆれは、おさまりそうもない。
「イスルギさん、ぼくの肩にきて」
指示されるままその肩にとびのると、シノブくんは大きな鉄鍋を両手でささえ、すっぽりと頭にかぶって、うずくまった。
くりやの戸棚からすべりおちた皿や茶わんが、ガンガンと鉄鍋に当たっては、床にこぼれて割れ、白いかけらがあたりに飛び散った。
「大きいな、この地震」
身をかがめ、しっかりと深鍋をささえながら、シノブくんがつぶやいた。
シノブくんの肩の上、わたしはぶ厚い鉄の鍋にまもられていた。
落ちてきた物がぶつかるたび鍋がガツンガツンとふるえるので、わたしはせめても衝撃がやわらぐようにと、シノブくんの頭に自分のシッポをかぶせた。
「ありがとう、イスルギさん」
くらい大鍋の中で、シノブくんがにっこりするのがわかった。
ブログ「こちら、ドワーフ・プラネット」( 2015/7/5 )より
時計台に時計はまだ置かれていなかった
天使をしるした若葉色のページが散乱し
七曜の羽ばたきが結晶する
虚を蹴ってつむがれる言葉の弦
四方に八方にあなたの歩む方向に
喪失はヴィジョンの果てなき影に過ぎない
未だカタチをなさぬ者
ちりあくたの中から隆起せよ
(2002.7.31発行 冊子「星の文字」より)