下降する眼差し


THE STRANGER – ぶるーまーぶる

THE STRANGER – ぶるーまーぶる


”THE STRANGER” というタイトルの
2編の英詩がある。どちらの作者も、
ウォルター・ジョン・デ・ラ・メアだ。


ウォルター・デ・ラ・メア – Wikipedia


自らの拙い言葉で、彼の英詩を訳して
感じたのは、流れるような情景描写の
巧みさと不思議さ。眼差しが天空から
地上へ月光とともにすべり降りてきて、
野草の茂みの花影をすり抜け、さらに
奥まった小さな暗いかたすみで、ふと
迷い込んできた不思議な誰かと出会う。
森のかたすみの池のほとりの草むらで、
水無月の甘美な真夜中の出来事として、
その密やかな「出会い」は特筆される。

不思議に巡り会うのは、詩人の眼差し。
あるがままの自然に重なって存在する
「もうひとつの世界」を夢見る眼差し
……淡々とリズミカルに物語る詩人の、
ぶれずに「大から小」「天から地」へ、
そして「光から影」へ揺らぎ下降する
一貫した様式美すら感じさせる視線だ。

下降し続けた眼差しの先に待つのは?
「地の小さな影」の奥の奥、異界への
神秘的な抜け道があり、そこには深い
知恵と生命の秘密が、冥界と隣り合い、
沈黙に守られながら、静かにまどろむ。
その抜け道は、墓地の一角のイチイの
古木の、苔むして曲がった幹の暗い洞、
その根元の天使の石像などに隠される。
イチイの古木の存在は、太古の神話の
ケルビムと炎の剣とが番をするという
生命の樹のイメージと淡く重なり合う。

素朴な自然描写とメタファーと韻律が
豊かに溶け合い、言葉の沃野が広がる。
そここそ「地の小さな影」の奥の奥に
拓かれる「もうひとつの世界」だろう。
寂しい墓地の一角、森の池の汀の茂み、
そんな人知れぬ暗闇に妖精の灯が輝く。
下降する詩人の眼差しの届く先、夢の
灯は消えず、柔らかにまたたき続ける。
野ざらしの自然と異界が交わる場所で、
ストレンジャーが静かに微笑んでいる、
妖精界からの風をまとい、月影を背に。


セリ科の花傘(オルラヤ) – ぶるーまーぶる


セリ科の花傘(オルラヤ)


セリ科 – Wikipedia

> 特徴的な散形(傘形)花序をつけるので、古くは散形科または傘形科(さんけいか)と呼ばれた。ラテン名の代替名である Umbelliferae も同じ意味である。牧野 (1940) はからかさばな科と訳している。(Wikipediaより引用)

Orlaya grandiflora — Wikipédia

公園に咲いていた白い花。
検索したら、オルラヤという名らしく、
花傘をつけるセリ科の植物とのこと。
デ・ラ・メアの詩に登場する
ドクゼリもその親戚だという。

straying, The harsh hemlock’s pale umbelliferous bloom Tentingnook, dense with fragrance and secret with gloom, In a beaming of moon-colored light faintly raying. On buds orbed with dew phosphorescently playing. Came a Stranger — still-footed, feat-fingered, clear face Unhumanly lovely: . . . and supped in that place.

惑わしき夏至の真夜中、
鬱蒼としたドクゼリの青白い花の傘、
その天幕のすみっこで、みっしりと
香りと暗がりの秘密に包まれ、
月影からひとすじ光が淡く射していた。
つゆに濡れた蕾に、燐光が宿っていた。
と、そこに見知らぬ人がやって来て―
足取りはひそやか、指先は器用で、
きれいな顔は、人とも思えぬ愛らしさ
…そして、そこで一杯やったのさ、
ちょっと一杯、ね。


“DOWN-ADOWN-DERRY” Walter De La Mere 1922 より
( 2025.5.20 拙訳&意訳 by fairy-scope )


鑑賞用のオルラヤよりもワイルドな、
生い茂るドクゼリの青白い花傘。
その花傘を天幕にたとえ、花の隙間から
漏れ来る月光でかすかに照らされた
暗がりに、見知らぬ人が訪れたという
「ただ一晩の甘美な思い出」

見知らぬ人が「ちょっと飲んだ」のは、
あるいは燐光を放つ蕾のつゆだろうか。
見知らぬ人は、ドクゼリの花影に憩う
異界からのちいさな旅人かもしれない。

鬱蒼とした茂みに宿る花影の世界を、
そっと覗き込むような優しい月明り
……詩人の眼差しと語りとに誘われる。


THE STRANGER – ぶるーまーぶる

下降する眼差し – ぶるーまーぶる

”THE STRANGER” Walter De La Mere(Bing Image Creator) – ぶるーまーぶる


水無月、土曜日の夜


「三匹みつけた」
「いや、二匹だろう」
「そうかもしれない」

あなたが見つけた一匹、
わたしが見つけた一匹。

黄緑に明るくともる光。
生い茂るドクダミの
白い花がぼんやり浮かぶ
堀の、真っ暗な草むらを
のぞき込んだ瞬間だけで
今年はもう満ち足りた。

ほ ほ ほたるこい

神社の気配に圧されて、
暗い参道を引き返した。
来年は五月中に探しに行く、
出来れば真夜中の乱舞に会いに。